2015年10月6日火曜日

『雪華図説』の研究 08 三 後記 (2)


 『雪華図説』の研究 三 後記
第二十三図
  『雪華図説』の九十八箇の模写図中、本文では比較的現代の顕微鏡写真と一致したものを多く選んだのであつて、中には或は見誤りであらうと思はれるものもある。もつとも私たちの写真の蒐集がもつと多くなるか、或は全国各地の雪の結晶を観測しつくしたら、『雪華図説』の中にある不思議な形と思はれる結晶が又見付かるかも知れないので、その点は今断言することは出来ない。

  その不思議な形といふ中で、従来は、まだ世界中のどこの記録にもないが、或は有り得ると思はれるものは、第二十三図(A)(B)に示したやうな回転性を示す形の結晶である、此の種の平面結晶が空中を落下して来る場合は、流体力学の法則によつて、結晶の平面が大体水平になつて、それがぐる/\廻りながら、螺旋形の道をとつて落ちて来るものである。さうすると、第二十三図の両図のやうな回転性を示す形の結晶が出来ても良い筈である。実は此の種の形の結晶を探してゐるのであるが、まだ見付かつてはゐない。もしさういふものが見付かつたならば、『雪華図説』は単に現代科学によつて説明されるといふ許りでなく、却つて現代科学に何等かのものを教へたといふことになるので、大変面白いことになるであらう。

  〔付記〕 私は考証の方面では全く素人で、『雪華図説』の原本といふものがどれであるかも知らなかつたのである。今手許にあるのは、文化二年大槻磐渓先生の重刻になるもので、此の小文はそれによつて書き、又模写図もその本から複写した。此の本では、鷹見忠常といふ人が書いた付記がついてゐる。多分原本にもついてゐるのであらう。
我公学ヲ好ミ。万般ノ事物。必ス其理ヲ窮格ス。臣忠常晨昏給仕シ。辱ク其清誨ヲ奉ス。 公事務ノ暇。雪ノ下ル毎ニ之ヲ審視スルコト。今春ニ至テ。幾ト二十年。其図ハ前ニ列スルモノ々如シ。近日 公ソノ図説ヲ著シ。之ヲ梓ニ上ス。謹テ按スルニ。西洋人瑪児低涅多(マルチネツト)カ。著ストコロノ格致問答ニイフ。検視スルトコロ五百余種。近ク見ルトコロノ十二ヲ図スト。其中 公ノ図ト。全ク同キモノアリ。見ルヘシ。東西万里ノ遠モ。好尚既ニ同ク。物理マタ異ナルコト無キコトヲ。其説ハ 公ノ総説中ニ在リ。今只其図ヲ左ニ列ス。・・・・・・
と云つて、十二箇の模写図を付加してゐる。第二図(A)及び第二十図(A)はその中から採つたもので、之は忠常の言によれば、土井利位の描いたものではなく瑪児低涅多の模写図らしい。然し土井利位の時代にそれが日本人に知られてゐたといふ理由で、之も本文の中に入れた。此の十二の図中には明かな間違ひと思はれるものが一つある。

  瑪児低涅多(マルチネツト)といふのは、或は独逸の旅行家フリードリッヒ・マルテンスのことではないかと思ふ。彼は一六七五年即ち『雪華図説』より百五十年も前に、スピッツベルゲンからグリーンランドの方面に航海した見聞記を刊行し、その中で極地方面での雪の観察を記載したのは有名である。『格致問答』といふのは案外有りふれた本かも知れないが、此の点について大方の御教示を願へれば幸甚である。

  それから『雪華図説』には『続』があり、それには九十七箇の結晶の模写がある。その外土井家にも版下が残つてゐる由であるが、本文では単に『雪華図説』だけに話を限ることとした。

  〔付記二〕 マルチネットの『格致問答』は、最近になつて、矢島祐利氏の研究によつて、漸く明かになつた(『科学』第十一巻第三号)。それは J.F.Martinet の Katechismus der Natuur といふ本の由である。内容は同氏によると「太陽、地球、人間、陸と水等から始まり、動物、植物にも及んで問と答の形式を以て書かれたものである」。そして『雪華図説』所載の十二個の雪の結晶の模写は勿論載つてゐて、外に霜の図もある由である。従つてフリードリッヒ・マルテンスの雪の結晶とは全く別である。

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