2015年10月6日火曜日

『雪華図説』の研究 01 緒言

冬の華. 第3 『雪華図説』の研究
中谷宇吉郎 著:甲鳥書林:昭和16(1941)
初出雑誌:画説:昭和13年11月(1938)
底本:国会図書館 『雪華図説』の研究

一 緒   言

  我が国が世界に於ける文明国の中で有数の雪国であることは周知の事柄である。しかし雪に関する研究は今まで余り為されてゐないので、僅かに此の『雪華図説』と、少しく趣を異にするが鈴木牧之の『北越雪譜』ぐらゐがあげられるだけである。このやうに量に於て極めて乏しいのであるが、その中『雪華図説』の方は、現代科学の眼から見ても可成り優れた研究であると思はれる。

『雪華図説』は、天保三年(西暦一八三二年)下総古河(こが)の城主土井利位(としつら)によつて刊行されたもので、その中には八十六箇の雪の結晶の虫眼鏡による模写図が載せてある。そのうち観察の年時を記録してないものが三十八箇、文政十一年観察のもの二箇、同十三年十箇、天保三年のもの三十六箇が算へられる。之等の模写図を仔細に点検すると、その大部分のものは極めて自然に忠実な観察と思はれるものが多い。以下その模写図の数列につき、私が北海道で撮影した雪の結晶の顕微鏡写真と比較しながら、此の研究の優れたものである所以を説明する。

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