2015年10月6日火曜日

『雪華図説』の研究 08 三 後記 (2)


 『雪華図説』の研究 三 後記
第二十三図
  『雪華図説』の九十八箇の模写図中、本文では比較的現代の顕微鏡写真と一致したものを多く選んだのであつて、中には或は見誤りであらうと思はれるものもある。もつとも私たちの写真の蒐集がもつと多くなるか、或は全国各地の雪の結晶を観測しつくしたら、『雪華図説』の中にある不思議な形と思はれる結晶が又見付かるかも知れないので、その点は今断言することは出来ない。

  その不思議な形といふ中で、従来は、まだ世界中のどこの記録にもないが、或は有り得ると思はれるものは、第二十三図(A)(B)に示したやうな回転性を示す形の結晶である、此の種の平面結晶が空中を落下して来る場合は、流体力学の法則によつて、結晶の平面が大体水平になつて、それがぐる/\廻りながら、螺旋形の道をとつて落ちて来るものである。さうすると、第二十三図の両図のやうな回転性を示す形の結晶が出来ても良い筈である。実は此の種の形の結晶を探してゐるのであるが、まだ見付かつてはゐない。もしさういふものが見付かつたならば、『雪華図説』は単に現代科学によつて説明されるといふ許りでなく、却つて現代科学に何等かのものを教へたといふことになるので、大変面白いことになるであらう。

  〔付記〕 私は考証の方面では全く素人で、『雪華図説』の原本といふものがどれであるかも知らなかつたのである。今手許にあるのは、文化二年大槻磐渓先生の重刻になるもので、此の小文はそれによつて書き、又模写図もその本から複写した。此の本では、鷹見忠常といふ人が書いた付記がついてゐる。多分原本にもついてゐるのであらう。
我公学ヲ好ミ。万般ノ事物。必ス其理ヲ窮格ス。臣忠常晨昏給仕シ。辱ク其清誨ヲ奉ス。 公事務ノ暇。雪ノ下ル毎ニ之ヲ審視スルコト。今春ニ至テ。幾ト二十年。其図ハ前ニ列スルモノ々如シ。近日 公ソノ図説ヲ著シ。之ヲ梓ニ上ス。謹テ按スルニ。西洋人瑪児低涅多(マルチネツト)カ。著ストコロノ格致問答ニイフ。検視スルトコロ五百余種。近ク見ルトコロノ十二ヲ図スト。其中 公ノ図ト。全ク同キモノアリ。見ルヘシ。東西万里ノ遠モ。好尚既ニ同ク。物理マタ異ナルコト無キコトヲ。其説ハ 公ノ総説中ニ在リ。今只其図ヲ左ニ列ス。・・・・・・
と云つて、十二箇の模写図を付加してゐる。第二図(A)及び第二十図(A)はその中から採つたもので、之は忠常の言によれば、土井利位の描いたものではなく瑪児低涅多の模写図らしい。然し土井利位の時代にそれが日本人に知られてゐたといふ理由で、之も本文の中に入れた。此の十二の図中には明かな間違ひと思はれるものが一つある。

  瑪児低涅多(マルチネツト)といふのは、或は独逸の旅行家フリードリッヒ・マルテンスのことではないかと思ふ。彼は一六七五年即ち『雪華図説』より百五十年も前に、スピッツベルゲンからグリーンランドの方面に航海した見聞記を刊行し、その中で極地方面での雪の観察を記載したのは有名である。『格致問答』といふのは案外有りふれた本かも知れないが、此の点について大方の御教示を願へれば幸甚である。

  それから『雪華図説』には『続』があり、それには九十七箇の結晶の模写がある。その外土井家にも版下が残つてゐる由であるが、本文では単に『雪華図説』だけに話を限ることとした。

  〔付記二〕 マルチネットの『格致問答』は、最近になつて、矢島祐利氏の研究によつて、漸く明かになつた(『科学』第十一巻第三号)。それは J.F.Martinet の Katechismus der Natuur といふ本の由である。内容は同氏によると「太陽、地球、人間、陸と水等から始まり、動物、植物にも及んで問と答の形式を以て書かれたものである」。そして『雪華図説』所載の十二個の雪の結晶の模写は勿論載つてゐて、外に霜の図もある由である。従つてフリードリッヒ・マルテンスの雪の結晶とは全く別である。

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『雪華図説』の研究 07 三 後記 (1)    

三  後   記

  以上二十二例について、『雪華図説』中の模写図と、それに対照する雪の結晶の顕微鏡写真とを比較することによつて、土井利位の模写図の大部分は極めて自然に忠実なものであることが分つた。雪の結晶の顕微鏡写真を撮影する場合は、気温が少くも零下三四度以下の低温にあることが必要である。良い写真を撮るには、零下十度以下の低温が望ましいので、十勝岳で私たちが撮影してゐる場合は、大抵零下十度乃至十五度の気温の時である。気温が零度以下でも比較的暖い時には、結晶は地表に達する前に昇華作用などによつて変化するので、吾々の観測にかかる迄に、既にその美麗繊細な形を失つてゐることが多い。虫眼鏡による肉眼観測の場合は、顕微鏡写真を撮る時ほど、気温の低いことは必要ではないが、それでも零下四五度以下の時が望ましいのである。土井利位の住居下総の古河のやうな所では、厳寒の時でも、夜か夜明けでないと一寸観測が困難であらうと思はれる。日中雪の降つてゐる場合は、下総などの地方では、気温が可成り高いことが多いからである。普通黒い布片、特に毛織物が望ましいのであるが、それをよく冷してその上に降つて来る雪の結晶を受けて、虫眼鏡で覗くのが一番便利である。土井利位も厳寒の夜更けの縁先などで、すつかり身体を冷しながら観測したものと思はれる。身体が温つてゐると、その輻射熱の為に結晶を覗くと消えて了ふのである。

  ところでかういふ雪の結晶の観測心得が、ちやんとしかも非常に要領よく、『雪華図説』の中にかいてあるのには少々驚いた。「西土雪花ヲ験視スルノ法。雪ナラントスルノ天。預メ先。黒色ノ八絲緞(シユス)ヲ。気中ニ晒シ。冷ナラシメ。雪片ノ降ルニ当テ之ヲ承ク。肉眼モ視ルベク。鏡ヲ把テ之ヲ照セハ。更ニ燦タリ。看ルノ際。気息ヲ避ケ。手温ヲ防キ。纎鑷ヲ以テ之ヲ箝提スト。余文化年間ヨリ雪下ノ時毎ニ黒色[ノ]髹器ニ承ケ之ヲ審視シ。以テ此ノ図ヲ作ル。」といふのであるから、現代の吾々が注意をするとしても、先づ此のくらゐの所であらう。髹器といふのは多分漆塗りの器のことと思はれるが、それだとすると大変巧い考へである。此の頃独逸で、雪の結晶の顕微鏡写真を黒地に白く出す為に、黒い石の磨いた面に結晶をのせて写真を撮つた人があるが、漆器の面の方が熱伝導率が小さくて石よりも良ささうである。この点では現代の科学者も土井利位に教へられる点があると感心した。

  之だけの注意をしてかういふ忠実な観測を長年月にわたつて続けることは、私たちの経験から見ても、可成りの労苦を伴つた仕事であつたことだらうと想像される。小さいながらも一城の主の趣味的仕事としては正に感嘆すべきものである。

  欧州の昔の雪の結晶の記録で有名なものは、英国の気象学者ゼームス・グレイシャーの模写図であつて、彼は一八五五年、即ち『雪華図説』におくれること三十二年に、百五十一箇の雪華の模写図を発表してゐる。彼の仕事は顕微鏡写真の発達する以前の雪華図としては、最も精巧を極めたものといふことになつてゐるが、公平に見て私は土井利位の『雪華図説』はそれに劣らぬ立派なものであると思つてゐる。もつともグレイシャーのものも、土井利位のものも共に、雪の結晶といつても、六花系統の平面結晶だけに注意を払つてゐる。実際に天然に観測される雪の結晶の中には、針状、角柱状、鼓状など色々珍らしい型のものがある。この角柱状、鼓状などの記録は、一八二〇年即ち『雪華図説』よりも十二年以前に、英国の捕鯨業者ウィリアム・スコレスビーによつて記録されてゐるので、その点ではいささか劣つてゐる。もつともスコレスビーは北極地方で之等を観測したのであり、我国では北海道ならばよく見られるのであるが、内地特に古河などでは殆んど降らないのかも知れない。それだとすると止むを得ないことであらう。


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『雪華図説』の研究 06 模写図と顕微鏡写真と比較 (第18図から第22図)

『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十八図
第十八図
  第十八図(B)の結晶は特殊のもので、六角板の周辺に近い点に他の核が付著し、其処から他の扇形角板が発達したものである。それで此の外側にある六枚の角板(少し幅広い枝が伸び出てゐる)は一寸つつくと分離出来るのである。(A)の模写図に外側の六枚の角板が分離してゐるやうに描いてあるのは、此の種の結晶を指してゐるのではないかと思はれる。もつとも之は少し贔負の引き倒しの説かもしれない。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十九図
第十九図
  第十九図は羊歯状の十二花である。此の十二花の結晶も従来時々外国でも知られてゐるもので、之は六花の普通の結晶が二つ重つたものである。中央部に背の極めて低い角柱がある為に、前の三花の時とちがつて、六花が二つ共発達することが出来、十二花になつたのである。故に之は六花二つに分離することが出来る。(A)の模写図で中央にその角柱のあることを示す六角形が見られる。又一本おきの六花が一つの結晶で、他の六本が他の結晶であるから、多くの場合長短二種の枝が交互に出てゐるので、その特徴は(B)の写真でよく見られる。ところが(A)の模写図にもその特徴が判然と描かれてゐることは驚くべきことである。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第二十図
第二十図
  第二十図は広幅の十二花の例であり、此の時は、枝の生長が遅い為に、現象が安定となり、従つて十二本の枝が全部同じ長さになり易い。同図(A)の模写図でもその点がちやんと表現されてゐる。
(※付記参照)


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第二十一図
第二十一図
  第二十一図(B)の結晶は今迄のべた結晶とその外形が著しく異つて、円みを帯びた形となつてゐる。之は落下途中地表に近くなつて気温が零度以上になつた為に、輪郭がとけたのである。此の写真は札幌で撮影したもので、十勝岳などでは此の種の形のものは見られない。内地ではこのやうにとけたものが多いので、昔から伝つてゐる雪輪風の形は之である。(A)の模写図はその輪郭のとけたところをよく示してゐると思はれる。『雪華図説』には、此の例の外にも、円みを帯びた輪郭のものが沢山揚げてあるが、本文では略することとする。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第二十二図
第二十二図
  第二十二図(A)のやうな模写図が『雪華図説』中に再三見える。即ち中央に円形の模様がついてゐるものである。この円形は第十六図(A)の時のやうに、何かの構造を表象的に描いたものであるかも知れないが、実際に天然雪の中で、かういふ円い輪が結晶の中央部に見えるものがある。大抵はその線は非常に薄いので、もし之を認めて描いたのならば驚くべきことである。その一例は同図(B)に示す通りである。此の円の成因はまだ分らない。

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『雪華図説』の研究 05 模写図と顕微鏡写真と比較 (第14図から第17図)


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十四図
第十四図
  第十四図の写真は、角板から羊歯状発達の枝が出た例を示してゐる。此の時はそれで、地表に近い気層が十分に水蒸気を含み、第九図の結晶が出来た時と似た状態にあつたことが分る。即ち第十二、十三、十四図のやうな結晶の雪が降る場合は、上空に水蒸気の少い角板の出来る状態の気層があり、地表近くに、夫々水蒸気の量が色々異つた気層があつたことを示してゐるのである。逆に云へば、結晶の形を見ると、その時の上空の気象状態が分ることになるので、その時の条件をもつと詳しく知るには、之等の雪の結晶を人工的に作つて見れば、その実験結果から上空の気象状態が推測出来る。雪を人工的に作ることも今では出来るやうになつたので、土井利位の模写図も大部分はその意味が分るのである。第十四図(A)で角板に近い小枝から更に第二段の小枝が出てゐるのも、(B)の写真に見られる通り実際にあるのであつて、全く出鱈目に描いたものではないのであらう。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十五図
第十五図
  第十五図は以上の場合と反対の気象状態の下で出来た結晶を示してゐる。即ち上空に簡単な樹枝状発達をする層があると、先づ中心から六出する星状の結晶が出来、その結晶が落下して来て、地表近くで水蒸気の少い層に遭遇すると、星状の枝の先端に同図(B)のやうに小角板がつくのである。同図(A)の模写図との一致は驚くべきものであらう。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十六図
第十六図
  第十六図の結晶も第十五図の場合と似たものであつて、只この時は、先端が二重になり特殊の構造を示してゐる。前出の小角板とは少しく趣を異にしてゐることは顕微鏡写真でよく見られる通りである。模写図ではこの特殊構造は二重円(まる)で表現してあるが、よく感じは出てゐると思はれる。此の特殊構造は、人工雪の研究の結果、此の点で結晶が厚くなり二重構造に発達する為に出来るものといふことが分つた。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十七図
第十七図
  第十七図は、比較的珍らしい三花の結晶の例である。此の三花は従来外国でも観測されて居たものであるが、十勝岳の研究でその成因が分つた。即ち結晶が出来始めの極初期に核が二つ上下に重つてくつつき合ひ、その一方の核から偶々三花が伸び、他の核から他の三花が発達した場合が考へられる。さういふ結晶は一見六花に見えるが、適当に中心をつつくと、三花二箇に分離することが出来た。落下途中風などの為に自然にその分離が起ると三花の結晶が出来るのである。それで此の三花は双児の片割れと見ることが出来る。(A)の模写図では、小枝を少し伸し過ぎて、全体として六角形に近く描いてあるのは少し作り過ぎと思はれるが、大体の傾向は、小枝は中心に近いものが長いのである。

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『雪華図説』の研究 04 模写図と顕微鏡写真と比較 (第10図から第13図)

『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十図
第十図
  第十図は羊歯状結晶の一例で、主な枝の先が特に著しく伸び出てゐるものである。同図(A)はその点はよく捕へてあるが、中央部の構造は違つてゐる。同図(B)の結晶を一寸見ると(A)のやうな形に見えることは吾々も経験してゐることで、(A)図のやうな放射構造のものは天然にはないだらうと思ふ。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十一図
第十一図
  第十一図は此の羊歯状よりも一層複雑な構造のもので、小枝から更に第二段の小枝が出てゐる場合である。(A)の模写図にその特徴がよく描いてあるが、小枝の方向が少しちがつてゐる。之は図が描きにくいので少し曲げたものであらう。第九、十、十一図の各顕微鏡写真は其の他の多くの写真と同様に、十勝岳で撮影したもので、此のやうな繊細を極めた構造の結晶は外国でも余り撮られてゐない。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十二図
第十二図
  第十二図は再び角板に戻つて、六角板の各端から簡単な枝の出たものが示してある。即ち第三図の結晶が更に進んだもので、上空で六角板の出来るやうな状態があつて、其処で出来た角板が落下の途中で、枝状発達をするやうな気象条件の層を通つてゐる間に、その端から(B)図のやうな枝が出たものである。(A)の模写図は、その枝がまだ短い時のものを示してゐるのであらう。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第十三図
第十三図
  第十三図は、此の角板についてゐる枝が樹枝状発達をした例である。即ち地表に近い水蒸気の多い層が、前の場合よりも厚く、且つ水蒸気の量も多い時には此の図のやうな結晶が出来るのである。但し此の場合の枝はまだ十分に羊歯状といふ迄には発達してゐないのであるが、その点も(A)の模写図に可成りよく表現してある。


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『雪華図説』の研究 03 模写図と顕微鏡写真と比較 (第6図から第9図)


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第六図
第六図
    第六図は実は模写図と写真との対照が全体として余り一致してゐないのであるが、中心から六出してゐる枝の形の一つの特徴を捕へてゐるといふ点を示す為に掲げたものである。同図(B)の写真で見られるやうに、此の大枝は、此の場合は内部に構造が見られず、且つ先へ行く程段々細くなるやうな形をしてゐる。(A)の模写図はその特徴をよく示してゐると思はれる。顕微鏡写真の方は、その外に小枝が沢山見られるといふ点が違つてゐるだけである。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第七図
第七図
  第七図は模写図と顕微鏡写真とが極めて著しい類似を示してゐる例である。中央から六出してゐる枝の先端に近い所で、簡単な然し明瞭な小枝が出てゐる場合であつて、かういふ模範的な枝分れの例は、枝分れの現象の研究に大切な資料である。此の(B)図は、結晶が出来てから観測される迄大分時間が経つた為に、内部の構造即ち小凹凸が、昇華作用の為に可成り消えてゐるのであるが、他の例では、この枝分れの点で結晶の核(蕊)が見えることが多い。多分結晶生成の途中、結晶の他の核が枝の一部に付著すると、其処から枝分れが生ずるものと思はれる。此の場合と限らず、一般に結晶の落下速度から計算すると、之等の結晶は少くとも二三時間かかつて出来たと思はれ、特に比較的暖い地方では、観測する迄に可成り変形してゐることが多いのである。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第八図
第八図
  第八図は広幅樹枝と称する型の一種で、樹枝状の枝の幅が可成り広い。水蒸気の供給多く、結晶が速く発達すると、枝は細くなる。此の種の広幅樹枝の結晶は、前述の扇型と後述の完全樹枝状との中間の状態で出来たものと思はれてゐる。同図(A)の枝の外形は、(B)の種類の結晶の特徴をよく見たものであると思はれる。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第九図
第九図
  第九図は完全樹枝状の結晶の例であつて、此の種のものを羊歯状と呼ぶことが多い。中心から六出してゐる大枝から沢山の小枝が出てゐる。此の小枝は皆六十度の角度で出てゐるので、従つて各々の小枝は他の大枝と並行してゐる。欧州の昔の雪の記録でも、旧い頃例へばマグヌス(一五五〇年代)の頃はまだ此の小枝が六十度で分岐してゐることは知られなかつたが、フック(一六六五年)の時代になると、その点が明かにされてゐる。土井利位の観測は、それよりまだ百五十年以上も後のことであるから、当然のことではあらうが、(A)の模写図にはその点も明瞭に描いてあり、可成り立派な模写であることが分る。此の羊歯状結晶は、水蒸気の供給も一番多く、丁度角板とは反対の極端な場合に当る状態で出来たものである。此の種の結晶は生長も速く、従つて大形のものがよく見られる。普通直径三乃至四粍位あり、時には七八粍のものもある。それで肉眼でも可成りよくその構造が見られるものである。

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『雪華図説』の研究 02 模写図と顕微鏡写真と比較 (第1図から第5図)

冬の華. 第3 『雪華図説』の研究
中谷宇吉郎 著:: 甲鳥書林: 昭和16(1941)

二 模写図と顕微鏡写真と比較


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第一図
第一図
  第一図は六角板の例であつて、此の種の雪は水蒸気が比較的少ない時に出来る。我国では後述の樹枝状の結晶に比し、観測回数が少く又大きさも小さいことが多い。(B)の写真は札幌で撮影したものであるが、十勝岳の三千五百尺位の高さの所では、此の十分の一くらゐの小さい角板が沢山観測される。その方は結晶生成初期の状態である。さういふ小さい角板から順次大きい角板に生長するので、内部に色々の模様が出来る。(A)の模写図にもそれが描いてある。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第二図
第二図
  第二図は此の角板に微水滴が付著したものである。地表に近い所に雨雲の層がある時、之等の雨雲は零度以下の気温の時も過冷却された微水滴の状態でゐることが多い。角板の雪が上層で出来て落下して来る時、この雨雲の層で雲の粒子が結晶に凍りついて来る。第二図(B)に付著してゐる粒の直径を測ると大体従来知られてゐる雲の粒の大きさと一致する。(A)の模写図は此の雲粒付結晶を示すものであらう。此の微水滴は凍りつく時下の結晶の影響を受けて、自身も結晶質の氷になることが多い。(A)の粒が角柱を横から見たやうな形に描いてあるのは、そのことに気がついてゐたのかも知れない。(※付記参照※)


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第三図
第三図
  第三図(A)は辺が糸捲き型に湾曲した六角板である。此の形の雪の結晶は、同図(B)の型を示してゐるものと思はれる。此の(B)は、六角板の結晶が、落下途中少し水蒸気の多い層へ来ると、角から枝が出始めるのであるが、その出始めの状態を示すものである。即ち丁度その状態の時地表に達して、吾々の眼に留つたのである。内部の構造は落下途中昇華作用といふ現象の為に消えてしまふこともあるので、従つて同図(A)のやうに見えることも有り得る。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第四図
第四図
  第四図は「扇形」と称する結晶型であつて、角板の場合よりも水蒸気の供給度の少し多い時に出来るものである。もつとも水蒸気が多くなると、結晶は細い枝の集合即ち樹枝状になるのであつて、此の扇形(セクトル)が六枚集つたやうな形の結晶は、角板と樹枝状との両結晶型の中間型を示すものとして興味がある。第四図(A)の模写が此の扇型を示すことは疑ないであらう。


『雪華図説』の研究 模写図と顕微鏡写真と比較 第五図
第五図
  第五図(B)の結晶は、樹枝状発達(デンドリテイツク)をした結晶の比較的簡単なもので、此の種の結晶で一番簡単なものは、中心から細い六本の枝が放射したものである。それが一寸複雑になると、此の図のやうな結晶になるので、六本の大枝から小枝が出始めるのである。此の写真はその丁度出始めの状態を示すものと思はれるのであるが、同図(A)の模写図は、その特徴をよく捕へて描いてあるのが面白いと思はれる。

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『雪華図説』の研究 01 緒言

冬の華. 第3 『雪華図説』の研究
中谷宇吉郎 著:甲鳥書林:昭和16(1941)
初出雑誌:画説:昭和13年11月(1938)
底本:国会図書館 『雪華図説』の研究

一 緒   言

  我が国が世界に於ける文明国の中で有数の雪国であることは周知の事柄である。しかし雪に関する研究は今まで余り為されてゐないので、僅かに此の『雪華図説』と、少しく趣を異にするが鈴木牧之の『北越雪譜』ぐらゐがあげられるだけである。このやうに量に於て極めて乏しいのであるが、その中『雪華図説』の方は、現代科学の眼から見ても可成り優れた研究であると思はれる。

『雪華図説』は、天保三年(西暦一八三二年)下総古河(こが)の城主土井利位(としつら)によつて刊行されたもので、その中には八十六箇の雪の結晶の虫眼鏡による模写図が載せてある。そのうち観察の年時を記録してないものが三十八箇、文政十一年観察のもの二箇、同十三年十箇、天保三年のもの三十六箇が算へられる。之等の模写図を仔細に点検すると、その大部分のものは極めて自然に忠実な観察と思はれるものが多い。以下その模写図の数列につき、私が北海道で撮影した雪の結晶の顕微鏡写真と比較しながら、此の研究の優れたものである所以を説明する。

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雪華図説 06

雪華図説 許鹿源利位
(幕府奥医師 桂川国寧の跋文)

両間の万物。半箇も所用無は無し。その之を享(うく)るの人。但(ただ)その声色(せいしょく)香味を嘲弄し。却て真実の用を知覚せず。人の物における。既にその真を知て。その理を窮め。またその声色を愛するときは。物その寃を逸れ。人も之に溺るるの患無し。風花雪月の如は。人命の係るところ。最大なり。しかるに。亦、茫然省悟(ぼうぜんせいご)せず。盖(けだし)人情。浮華(ふか)を喜び。沈実(ちんじつ)を疎む。

不才国寧(くにやす)嘗て中西の諸籍を読て。粗(ほぼ)雪花の説を知り。その功の偉なるを感ず。それ高楼に珠簾(しゅれん)を掲げ。重幄に肉屏(にくへい)を擁するは。富児の事。固より論を煩はさず。貧人我儕(わなみ)の如きも。また扁舟(へんしゅう)に浮び。蓑笠に歩し。茶を煮。詩を吟じて。訪戴驢背(ほうたいろはい)を唱へ。風流脱灑(だつしゃ)を事とすること。誰か得てこれを禦(ふせ)がん。而ども。これ虚にして実なし。豈理を知り。性を窮て後。これを賞翫(しょうがん)するにしかんや。

按ずるに。雪片六出(せっぺんりくしゅつ)の名は。中華に昉(はじま)リ。[ 韓詩外伝を初とす。中華百般の事件。その原始。他州に先だつもの多し。六花の名。またその一なり。] 図は西洋に昉る。[ 格致問答に出つ。] 我邦に在ては。いまだ雪花を詳認するものを聞かず。近年知を 古河侯に辱す。驩晤(かんご)の際。益を得ること甚多し。中に就て。雪花の図を観ることを得て。神目を驚かす。精妙西図に超ゆ。古来 我邦いまだ曽て有ざるのこと。 侯始て之を発す。独り我邦のみならんや。其精其詳。海外の人。またまさに。三舎を退んとす。

之を漫然声色に耽るに比すれば。その懸隔(けんかく)如何ぞや。況や。 侯富に居。貴に位し。耳目の欲。求て得ざること無し。然るに。意を日新の学に留め。攷々(こうこう)として倦まず。兀々(こつこつ)として年を窮むること。殆ど貧儒寒生に侔(ひと)し。豈敬服せざるべけんや。

今歳壬辰。 侯の図五十五種に及べり。之を請う者少なからざるに因て。刻して冊子となし。余に言を徴す。それ 侯既に親自之を験視し。又中西の説を参酌し。東討西求。捜羅(そうら)殆ど尽き。精説詳釋。明備遺すことなし。豈余が言を(ぜい)せんや。但余 侯の知遇をうけ。且好学の厚を感じ。辞せんと欲して得ず。また敢て辞せず。聊二律を呈し。一は 侯の説に得て。雪の功を賞し。一は此盛挙に与るの喜をしるす。

  絮の如く花の如く小園に集る。 霏霏密密又翻翻。
  空に飛ぶ処、空中潔を致す。 地に積る時、地下温を成す。
  凝結千秋嶂頂(しょうちょう)を護る。 觧凘(かいし)万古川源を養い。
  稲田麦隴(ばくろう)津潤(しんじゅん)足る。 処処喜聞撃壌(げきじょう)の喧(やかまし)きを。
  密雪図を成し綺紋(きもん)を列す。 細に観れば一一新聞に駭(おどろ)き。
 珍篇は高し雲を絶の鳳。 拙語は幸なる哉、(き)に付の蚊。
  石鼎(せきてい)茶を煎め素練(それん)を詠じ。 珠簾酒を温めて紅裙(こうくん)醉。
  世間の賞翫(しょうがん)多は此(かく)の如し。 理窮真論独り君のみ有。

    天保三年龍集壬辰秋七月 翠藍桂国寧謹撰


註:
・声色(せいしょく):音楽と女色。
・浮華(ふか):外面の華やかさばかりで中身のないこと。
・沈実(ちんじつ):心を落ち着かせておくこと。:言志後録144 「・・・必ず沈実を以てして浮心を以てする勿れ」: 言志後録 は、佐藤一斎 著。「続雪華図説」の「弁言」と題する序を寄せる。

・国寧(くにやす):桂川国寧(かつらかわくにやす)
・珠簾(しゅれん):珠玉で飾ったすだれ。珠すだれ。
・肉屏(にくへい):肉屏風、肉障:唐の楊国忠(ようこくちゅう)が多くの美女を周囲に並べて寒さを防いだ。
・訪戴驢背(ほうたいろはい):剡渓訪戴:晋の王子猷(おうしゆう)は、雪の夜、浙江の剡渓(えんけい)に住んでいる戴安道を訪ねた。しかし門前まで行ったが会わずに帰った。その理由を問われて、興に乗じて行き、興尽きたので帰るのみ、奇とするに足らずと答えた。

・驩晤(かんご):歓晤:うちとけて話し合う。
・三舎:三舎を避く:相手を怖れて近づかない。

・寒生:貧しい書生。または、自分の謙称。

・親自:自分で。
・捜羅(そうら):徹底的に探し集める。「羅」は網のこと。
・贅(ぜい):贅言:無駄口。
・盛挙:壮大な事業。

・嶂頂(しょうちょう):嶂:峯。切り立った山。
・觧凘(かいし):凘(し)(せい)(さい):氷がとけて流れること。
・麦隴(ばくろう):隴:畑のうね。
・撃壌(げきじょう):大地を叩いて歌うこと。:壌:大地。土製の楽器。木製の靴。
・綺紋(きもん):綺:美しい。珍しい。
・珍篇:珠玉の詩歌。
・驥(き):一日千里を走る駿馬。才人。
・素練(それん):白い練絹
・紅裙(こうくん):美人。芸妓。
・賞翫(しょうがん):めでて楽しむこと。




雪花図説 単純翻刻

両間ノ万物。半箇モ所用無ハ無シ。ソノ之ヲ享ルノ
人。但ソノ声色香味ヲ嘲弄シ。却テ真実ノ用ヲ知覚
セス。人ノ物ニオケル。既ニソノ真ヲ知テ。ソノ理ヲ
窮メ。マタソノ声色ヲ愛スルトキハ。物ソノ寃ヲ逸
レ。人モ之ニ溺ル々ノ患無シ。風花雪月ノ如ハ。人命
ノ係ルトコロ。最大ナリ。シカルニ。亦茫然省悟セス。
盖人情。浮華ヲ喜ヒ。沈実ヲ疎ム。不才国寧嘗テ中西
ノ諸籍ヲ読テ。粗(ホ々)雪花ノ説ヲ知リ。ソノ功ノ偉ナル
ヲ感ス。ソレ高楼ニ珠簾ヲ掲ケ。重幄ニ肉屏ヲ擁ス
ルハ。富児ノ事。固ヨリ論ヲ煩ハサス。貧人我儕ノ如
キモ。マタ扁舟ニ浮ヒ。蓑笠ニ歩シ。茶ヲ煮。詩ヲ吟シ
テ。訪戴驢背ヲ唱ヘ。風流脱灑ヲ事トスルコト。誰カ得
テコレヲ禦カン。而トモ。コレ虚ニシテ実ナシ。豈理ヲ
知リ。性ヲ窮テ後。コレヲ賞翫スルニシカンヤ。按ス
ルニ。雪片六出ノ名ハ。中華ニ昉リ。[ 韓詩外伝ヲ初トス。中華百般ノ事
件。ソノ原始。他州ニ先タツモノ多シ。六花ノ名。マタソノ一ナリ。] 図ハ西洋ニ昉ル。[ 格致問答ニ出ツ。] 我邦ニ在テハ。イマタ雪花ヲ詳認スルモ
ノヲ聞カス。近年知ヲ 古河侯ニ辱ス。驩唔ノ際。益
ヲ得ルコト甚多シ。中ニ就テ。雪花ノ図ヲ観ルコト
ヲ得テ。神目ヲ驚カス。精妙西図ニ超ユ。古来 我邦
イマタ曽テ有サルノコト。 侯始テ之ヲ発ス。独
我邦ノミナランヤ。其精其詳。海外ノ人。マタマサニ。
三舎ヲ退ントス。之ヲ漫然声色ニ耽ルニ比スレハ。
ソノ懸隔如何ソヤ。況ヤ。 侯富ニ居。貴ニ位シ。耳目
ノ欲。求テ得サルコト無シ。然ルニ。意ヲ日新ノ学ニ
留メ。攷々トシテ倦マス。兀々トシテ年ヲ窮ムルコ
ト。殆ト貧儒寒生ニ侔シ。豈敬服セサルヘケンヤ。
今歳壬辰。 侯ノ図五十五種ニ及ヘリ。之ヲ請フ
者少ナカラサルニ因テ。刻シテ冊子トナシ。余ニ言
ヲ徴ス。ソレ 侯既ニ親自之ヲ験視シ。又中西ノ説
ヲ参酌シ。東討西求。捜羅殆ト尽キ。精説詳釋。明備
遺スコトナシ。豈余カ言ヲ贅センヤ。但余 侯ノ知
遇ヲウケ。且好学ノ厚ヲ感シ。辞セント欲シテ得ス。
マタ敢テ辞セス。聊二律ヲ呈シ。一ハ 侯ノ説ニ得
テ。雪ノ功ヲ賞シ。一ハ此盛挙ニ与ルノ喜ヲシルス。

如絮如花集小園。霏霏密密又翻翻。飛空[処]致空中
潔。積地時成地下温。凝結千秋護嶂頂。觧凘万古養
川源。稲田麦隴足津潤。処処喜聞撃壌喧。
密雪図成列綺紋。細観一一駭新聞。珍篇高矣絶雲
鳳。拙語幸哉付驥蚊。石鼎煎茶詠素練。珠簾温酒醉
紅裙。世間賞翫多如此。窮理論真独有 君

天保三年龍集壬辰秋七月 翠藍桂国寧謹撰



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雪華図説 05

雪華図説 許鹿源利位
(家老 鷹見忠常の後記)

我が公、学を好み。万般の事物。必ず其の理を窮格す。臣、忠常(ただつね)晨昏(しんこん)給仕し。辱(かたじけな)く其の清誨(せいかい)を奉ず。 公、事務の暇。雪の下る。毎に之を審視すること。今春に至て。幾と二十年。其の図は前に列するものの如し。近日 公、その図説を著し。之を梓に上す。

謹で按ずるに。西洋人瑪児低涅多(マルチネット)が。著すところの格致問答にいう。検視するところ五百余種。近く見るところの十二を図すと。其の中 公の図と。全く同きものあり。見るべし。東西万里の遠も。好尚(こうしょう)既に同く。物理また異なること無きことを。其の説は 公の緫説中に在り。今只其の図を左に列す。 

桂君翠藍 公と交り厚し。故に 公之に校訂を請い。且其の後に跋せしむ。尓後雪の下る時。新奇の形を検視することを得ば。更にこれを補足するのを期す。嗚呼。 公の此挙。 我が邦いまだ有らざるの事にして又格物の一端なり。覧るもの虚仮不急の事に。等うすること勿れと云。

壬辰重九之日  臣 鷹見忠常拝手恭識

雪華図説 格致問答 雪の図  マルチネット  Katechismus der natuur: Sneeuwfiguren: J. F. Martinet
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格致問答 雪の図  マルチネット  Katechismus der natuur: Sneeuwfiguren: J. F. Martinet
格致問答 雪の図  マルチネット
 Katechismus der natuur: Sneeuwfiguren: J. F. Martinet

註:
・晨昏(しんこん):朝夕。
・清誨(せいかい):立派な教え。。
・好尚(こうしょう):好み。流行。
・桂君翠藍:桂川国寧(かつらがわくにやす)。通称、甫賢(ほけん)。号、翠藍(すいらん)。幕府奥医師。


雪華図説 単純翻刻

我公学ヲ好ミ。万般ノ事物。必ス其理ヲ窮格ス。臣忠常
晨昏給仕シ。辱ク其清誨ヲ奉ス。 公事務ノ暇。雪ノ
下ル。毎ニ之ヲ審視スルコト。今春ニ至テ。幾ト二十年。其
図ハ前ニ列スルモノ々如シ。近日 公ソノ図説ヲ著シ。之ヲ梓
ニ上ス。謹テ按スルニ。西洋人瑪児低涅多(マルチネツト)カ。著ストコロノ
格致問答ニイフ。検視スルトコロ五百余種。近ク見ルト
コロノ十二ヲ図スト。其中 公ノ図ト。全ク同キモノアリ。
見ルヘシ。東西万里ノ遠モ。好尚既ニ同ク。物理マタ異ナ
ルコト無キコトヲ。其説ハ 公ノ緫説中ニ在リ。今只其図
ヲ左ニ列ス。桂君翠藍 公ト交リ厚シ。故ニ 公之ニ
校訂ヲ請ヒ。且其後ニ跋セシム。尓後雪ノ下ル時。新奇
ノ形ヲ検視スルコトヲ得ハ。更ニコレヲ補足スル[ノ]ヲ期ス嗚
呼。 公ノ此挙。 我邦イマタ有ラサルノ事ニシテ又
格物ノ一端ナリ。覧ルモノ虚仮不急ノ事ニ。等フスルコト
勿レト云。

壬辰重九之日  臣 鷹見忠常拝手恭識



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雪華図説 04

雪華図説 04 雪華図説 許鹿源利位 
(雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ)

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雪華図説 許鹿源利位 雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ
雪華図説 許鹿源利位 雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ
雪華図説 許鹿源利位 雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ
雪華図説 許鹿源利位 雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ


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雪華図説 03

雪華図説 許鹿源利位
(雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ)

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雪華図説 許鹿源利位 雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ
雪華図説 許鹿源利位 雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ
雪華図説 許鹿源利位 雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ
雪華図説 許鹿源利位 雪の結晶を顕微鏡で観察したスケッチ


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雪華図説 02

 雪、其の形質を美にするのみならんや。功用また少からず。大要十四あり。

第一。空気を清うし、汚濁を駆る。

第二。已に気を清[う]すれば、気、即ち涼爽粹純を致す。

第三。積雪常に山巓を寒からしむ。故に升騰の気、凝集して。水湿を山礀(さんかん)に生じ。以て江河の源を養う。

第四。冬寒支体僵瘃(きょうちょく)の病。雪塊を取て。患部に擦搽(さった)すれば、即愈ゆ。又、臘雪(ろうせつ)水甘くして大寒。天行時疫(じえき)を觧し。一切の瘡毒(そうどく)を療す。その他諸病に於て。必ず須(ま)つ所にして。医家欠くべからず。

第五。遍地に罨覆(あんぷく)して。寒の土中に浸透するを防拒す。地中頼て以て寒冷を致さず。却て温を得。故に草木肥え茂し。蟄虫(ちゅうちゅう)生を得。又雪上に橇(そり)を走らし。犬鹿を駆使し。重を引き遠に致す。故に北陲(ほくすい)雪多くも。害なく利あり。

第六。其の質の軽き。(にこげ)に勝る。故に冬時の蔬穀(そこく)の。裊脆(じょうぜい)なるを損せず。却て之を擁包して寒に傷めらるるを防ぐ。

第七。窖蔵(こうぞう)の氷雪。夏月鳥魚諸肉の敗餒(はいだい)を防ぎ。水漿(すいしょう)を冷やして。収儲(しゅうちょ)(とき)を(ひ)くことを得。いはゆる。氷雪冬時これを蔵し夏時これを開き。食肉の禄。喪祭(そうさい)賓客。用いざること無し。これ亦輔相(ほしょう)調燮(ちょうしょう)の一事と。これなり。

第八。冬日地中より発する蒸気を遏抑(あつよく)し冬天以て暗晦(あんかい)を致さず。若し冬日の地気をして。恣に空に満たしむれば。冬日更に昏暗(こんあん)を致すべきなり。

第九。雪中に諸物を生育する。酸塩活機の気を包含す。故に土地の肥沃を醸す。

第十。雪輝よく諸物を照明す。故に北辺に於て。冬日の暗室を照し。冬夜に明を与う。

第十一。積雪尺に盈(みつ)れば遺煌(いこう)を地下に駆ること一丈。其の春必ず霡霂(みゃくもく)の小雨ありて。潤沢澆洽(ぎょうこう)し。以て天下の豊年をなす。

第十二。学者雪によりて。理学の諸支を悟り。詞人画工に至るまで。詩賦の工を添ヘ。山川の美景を図せしむ。

第十三。雪の潔瑩(けつえい)此すべきもの無く。能く汚濁を洗濯し。臭腐を駆除す。故に中華西洋人の廉潔。物の清浄。必ずこれを之に比す。我邦由伎の名も。亦此義なり。

第十四。諸山の雪。漸を以て融釈し。常時諸川に。適宜の冷水を送り。曽て乾涸(かんこ)を致さず。以上。人命の係るところ最大。夏月は冷、冬月は温。熱を觧し。寒を禦(ふせ)ぐ。天地の神工。固より偶然に非す。路上の積雪。我儕(わなみ)これを蹋過(とうか)するがが如き。豈に奉戴(ほうたい)の意を存せざるべけんや。

壬辰夏六月  許鹿源利位 述


註:

・山礀(さんかん): 礀は澗の類語。山と山との谷間。

・僵(きょう)(こう) 人がたおれること。
・瘃(ちょく)(とう) 寒さで手足が腫れること。しもやけ。
・擦搽(さった)(さっだ): 搽: 皮膚に塗る。擦リ込むこと。
・臘雪(ろうせつ): 陰暦一二月に降る雪。

・時疫(じえき): 流行り病。
・瘡毒(そうどく): かさ。梅毒。

・罨覆(あんぷく)(えんぷく): 罨:おおいかぶせる。:罨法(あんぽう) 炎症や充血を治すために身体の患部を温め又冷やす治療法。

・蟄虫(ちっちゅう): 冬に地中にこもっている虫。
・北陲(ほくすい):北の辺境の地。
 
・毳(にこげ)(むくげ)(ぜい): やわらかい毛。フェルト。
・蔬穀(そこく): 蔬:食用になる草。
・裊脆(じょうぜい): 裊: しなやか。たおやか。「褭」に同じ。

・窖蔵(こうぞう):窖(こう)(きょう):  穴。深い穴。
・敗餒(はいだい)(はいたい): 餒(あざる): 飢える。腐る。論語:魚餒而肉敗不食
・水漿(すいしょう): 飲料水。
・収儲(しゅうちょ): 儲:たくわえる。「貯」と同意義。
・晷(とき): 晷(キ)(とき)(ひかげ): 日光。日影。時の流れ。

・延ク(ひく): 引く。
・喪祭(そうさい): 喪に服することと、祭ること。
・輔相(ほしょう): 天子を輔(たす)けて政をする大臣。
・調[燮](ちょうしょう): 燮:調和する。調和させる。燮理(ちょうり):宰相が国を治めること。

・遏抑(あつよく): 遏:留める。

・暗晦(あんかい): 暗いこと。
・昏暗(こんあん): 暗いこと。

・遺煌(いこう): 煌:イナゴ。
・霡霂(みゃくもく): 小雨のこと。
・澆洽(ぎょうこう): 澆:そそぐ。:洽:全てを覆う。潤す。

・潔瑩(けつえい)(けつよう): 瑩:美しい玉の光。

・乾涸(かんこ): 川の水が涸れてなくなること。

・我儕(わなみ)(わがせい): (わなみ):自分をへりくだって言う謙称。自称、同輩の者に対して使う。:(わがせい):わたしたち。

・蹋過(とうか): 蹋: 「踏」に同じ。
・奉戴(ほうたい): 謹んでいただくこと。


雪華図説 単純翻刻

雪其形質ヲ美ニスルノミナランヤ。功用マタ
カラス。大要十四アリ。第一。空気ヲ清フシ。汚濁ヲ駆
ル。第二。已ニ気ヲ清フスレハ。気即チ涼爽粹純ヲ致
ス。第三。積雪常ニ山巓ヲ寒カラシム。故ニ升騰ノ気
凝集シテ。水湿ヲ山礀ニ生シ。以テ江河ノ源ヲ養フ。
第四。冬寒支体僵瘃ノ病。雪塊ヲ取テ。患部ニ擦搽ス
レハ即愈ユ。又臘雪水甘クシテ大寒。天行時疫ヲ觧
シ。一切ノ瘡毒ヲ療ス。ソノ他諸病ニ於テ。必須つ所
ニシテ。医家欠クヘカラス。第五。遍地ニ罨覆シテ。寒
ノ土中ニ浸透スルヲ防拒ス。地中頼テ以テ寒冷ヲ
致サス。却テ温ヲ得。故ニ草木肥茂シ。蟄虫生ヲ得。又
雪上ニ橇ヲ走ラシ。犬鹿ヲ駆使シ。重ヲ引キ遠ニ致
ス。故ニ北陲雪多モ。害ナク利アリ。第六其質ノ軽キ。
毳ニ勝ル。故ニ冬時ノ蔬穀ノ。裊脆ナルヲ損セス。却
テ之ヲ擁包シテ。寒ニ傷ラル々ヲ防ク。第七。窖蔵ノ
氷雪。夏月鳥魚諸肉ノ敗餒ヲ防キ。水漿ヲ冷ヤシテ。
収儲晷ヲ延クコトヲ得。イハユル。氷雪冬時コレヲ
蔵シ。夏時コレヲ開キ。食肉ノ禄。喪祭賓客。用ヒサル
コト無シ。コレ亦輔相調[燮]ノ一事。トコレナリ。第八。
冬日地中ヨリ発スル蒸気ヲ遏抑シ。冬天以テ暗晦
ヲ致サス。若冬日ノ地気ヲシテ。恣ニ空ニ満タシム
レハ。冬日更ニ昏暗ヲ致スヘキナリ。第九。雪中ニ諸
物ヲ生育スル。酸塩活機ノ気ヲ包含ス。故ニ土地ノ
肥沃ヲ醸ス。第十。雪輝ヨク諸物ヲ照明ス。故ニ北辺
ニ於テ。冬日ノ暗室ヲ照シ。冬夜ニ明ヲ与フ。第十一。
積雪尺ニ盈レハ。遺煌ヲ地下ニ駆ルコト一丈。其春
必霡霂ノ小雨アリテ。潤沢澆洽シ。以テ天下ノ豊年
ヲナス。第十二。学者雪ニヨリテ。理学ノ諸支ヲ悟リ。
詞人画工ニ至ルマテ。詩賦ノ工ヲ添ヘ。山川ノ美景
ヲ図セシム。第十三。雪ノ潔瑩此スヘキモノ無ク。能
ク汚濁ヲ洗濯シ。臭腐ヲ駆除ス。故ニ中華西洋。人ノ
廉潔。物ノ清浄。必スコレヲ之ニ比ス。我邦由伎ノ
名モ。亦此義ナリ。第十四。諸山ノ雪。漸ヲ以テ融釈シ。
常時諸川ニ。適宜ノ冷水ヲ送リ。曽テ乾涸ヲ致サス。
以上。人命ノ係ルトコロ最大。夏月ハ冷冬月ハ温。熱ヲ
觧シ。寒ヲ禦ク。天地ノ神工。固ヨリ偶然ニ非ス。路上
ノ積雪。我儕コレヲ蹋過スルカ如キ。豈奉戴ノ意ヲ
存セサルヘケンヤ。
壬辰夏六月  許鹿 源利位 述


註:
・功用マ[タ]: 版によっては、功用マ[ウ] とある。
・清[フ]スレハ:版によっては、清[ノ]スレハ とある。
・イハ[ユ]ル: 版によっては、イハ[ヱ]ル とある。

01. 02. 03. 04. 05. 06.

雪華図説 01

雪華図説 許鹿源利位 述
天保3(1832)
底本: 国立国会図書館 雪華図説
参考: 
国立国会図書館 重刻雪華図説
信州大学付属図書館 雪華図説 (補足資料として最良)
信州大学付属図書館 雪華図説 祥苑書屋
早稲田大学付属図書館 雪華図説 3種
ものずき烏 雪華図説


夫れ水の其の形を変換する雪を以て最奇なりとす。海陸の気。上騰して雲をなす。雲、冷際に臻(いた)れば。其の温を失し。変じて雨となる。気中に在るを以て。一々皆円なり、初円は至微至細(しびしさい)。漸を以て併合し。終に重体点滴の質を致す。冬時、気升(のぼり)て同雲を成し。冷に遭て即亦円点を成す。冷侵の甚しき。一々凝沍(ぎょうこ)し下零するも其の併合を得ず。聊か相い依り付して。大円を成さんと欲し。六を以て一を囲み。綏々翩々(すいすいへんぺん)。頓に天地の観を異にす。故に寒甚ければ。粒珠となり。寒浅ければ。花粉をなす。花粉の中。寒甚ければ。片、愈(いよいよ)美なり。

凡そ物。方体は必ず八を以て一を囲み。円体は六を以て一を囲むこと。定理中の定数。誣(しう)べからず。雪花の六出(りくしゅつ)なるゆえんも。亦これのみ [立春後の雪。みな五出の説あるとも。取り難し。] 水、已(すで)に雪に変ずれば。重体忽ち二十四分を減し軽飄(けいひょう)(にこげ)の如く。花形万端。都(かつ)て六出星辰芒角の如く。其の状(かたち)整正、其の質潔瑩(けつえい)。実に賞するに堪たり。其の精白にして。他色を雑(まじ)へざるは。光線の尽(ことごと)反射を致すによる。雪もし黒色ならば。四望幽暗、豈に堪うへけんや。[西土雪花を験視するの法。雪ならんとするの天。預め先。黒色の八絲緞(しゅす)を。気中に晒し。冷ならしめ。雪片の降るに当て之を承(う)く。肉眼も視るべく。鏡を把て之を照せば。更に燦たり。看るの際。気息を避け。手温を防ぎ纎鑷(せんじょう)を以て之を箝提(かんてい)すと。余、文化年間より雪下の時毎に黒色の髹器(きゅうき)に承て之を審視し。以てこの図を作る。]


註:
・冷際: 地上と月天の間にある三つの層を、温際・冷際・熱際 と呼ぶ。
和漢三才図会に次のようにある。「凡そ九重中最下を月天と為す。地の間に温冷熱の三際有り。地は水土の湿(し)太陽これを蒸して、温と為る。其の上を冷と為し、又其の上、天に近きを熱際と為す。風雨、霜雪、雲霧、雷電、虹暈、及び流星、彗孛、等、皆温冷の間より出つ。其の温際二十町ばかりを過ぎず、故に山嶽に登る人、雷を山の腰に聞く。但し三際以上に至ては、則ち雲霞無し蒼蒼たるのみ。」

・凝沍(ぎょうこ): 沍: 水源が塞がる。寒くて凍結する。

・軽飄(けいひょう): 飄:つむじかぜ。舞い上がる旋風。
・毳(ぜい)(にこげ): 細くて柔らかい毛。フェルト。
・星辰:星や星座のこと。
・芒角(ぼうかく): 星の光のこと。
・潔瑩(けつえい)(けつよう): 瑩:美しい玉の光。

・八絲緞(しゆす)(しゅす) : 繻子。サテン。
和漢三才図会に次のようにある。「八絲緞は、地厚く滑艶美これに比するもの無し。広東より来るもの最も佳し。阿蘭陀も亦美なり。福建これに次ぐ。倭に織る所のものは、地、やや硬(こはん)なり。白黒緋茶色及び柳条(しま)飛紋(とびもん)のこれ数品有り。」

・纎鑷(せんじょう):毛抜き。ピンセット。
・箝提(かんてい): 挟んで持つこと。
・髹器(きゅうき): 漆を塗った器。



雪華図説 単純翻刻

雪華図説 許鹿 源利位 述

夫水ノ其形ヲ変換スル。雪ヲ以テ最奇ナリトス。海
陸ノ気。上騰シテ雲ヲナス。雲冷際ニ臻レハ。其温ヲ
失シ。変シテ雨トナル。気中ニ在ルヲ以テ。一々皆円
ナリ。初円ハ至微至細。漸ヲ以テ併合シ。終ニ重体点
滴ノ質ヲ致ス。冬時気升テ同雲ヲ成シ。冷ニ遭テ即
亦円点ヲ成ス。冷侵ノ甚シキ。一々凝沍シ。下零スル
モ其併合ヲ得ス。聊相依付シテ。大円ヲ成サント欲
シ。六ヲ以テ一ヲ囲ミ。綏々翩々。頓ニ天地ノ観ヲ異
ニス。故ニ寒甚ケレハ。粒珠トナリ。寒浅ケレハ。花粉
ヲナス。花粉ノ中。寒甚ケレハ。片愈美ナリ。凢ソ物。方
体ハ必八ヲ以テ一ヲ囲ミ。円体ハ六ヲ以テ一ヲ囲
ムコト。定理中ノ定数。誣ヘカラス。雪花ノ六出ナル
ユヘンモ。亦コレノミ [立春後ノ雪。ミナ五出ノ説アレトモ。取リ難シ。]  水已
ニ雪ニ変スレハ。重体忽チ二十四分ヲ減シ。軽飄毳
ノ如ク。花形万端。都テ六出。星辰ノ芒角ノ如ク。其状
整正。其質潔瑩。実ニ賞スルニ堪タリ。其精白ニシテ。
他色ヲ雑ヘサルハ。光線ノ尽ク反射ヲ致スニヨル。
雪モシ黒色ナラハ。四望幽暗。豈堪フヘケンヤ。[西土雪花
ヲ験視スルノ法。雪ナラントスルノ天。預メ先。黒色
ノ八絲緞(シユス)ヲ。気中ニ晒シ。冷ナラシメ。雪片ノ降ルニ
当テ之ヲ承ク。肉眼モ視ルヘク。鏡ヲ把テ之ヲ照セ
ハ。更ニ燦タリ。看ルノ際。気息ヲ避ケ。手温ヲ防キ纎
鑷ヲ以テ之ヲ箝提スト。余文化年間ヨリ。雪下ノ時。
毎ニ黒色ノ髹器ニ承テ。之ヲ審視シ。以テコノ図ヲ
作ル。]

註:
・スル[ノ]天: 版によっては、スル[ク]天 とある。
・審視[シ]: 低本では、審視[ン]: 「審視シ」は、翠藍桂国寧 校訂本

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